化物語 二次創作SS

「するがディテクティヴ」



するがディテクティヴ


 私の名前は神原駿河。

 得意技はBダッシュだ。

 現在、百合フレンド絶賛募集中だ。

 うん、嘘だ。

 ――現実的なところでガールフレンドは随時募集中だ。

 BL小説について語り会えるなら容姿年齢は問わない。


「という自己紹介からブログなるものを始めてみたのだが、阿良々木先輩はどう思う?」

 どう思うと言われても――自己紹介としてはややチャレンジングすぎると思うが。

「お前の世間的なイメージと乖離していて誤解を招くと思うので速やかに直すべきだな……あと、お前の勝手と言えば勝手なんだが、ブログに本名を晒すのはおすすめしないぞ」

「む、そうなのか?」

 ふむふむ、と律儀にメモる僕の後輩は今年受験生である。

 デートのはずが何故か戦場ヶ原に急に予定が入ってしまった今日。

 奴は代役としてこいつを当然のように送り込んできた。

「好きに嬲っても襲ってもいいわよ。後で全て復唱させるから」

「いや、嬲らないし襲わないから」

 例によってそんな会話を経てではあるが、まあ僕としても神原と会うこと自体は問題ではない。

 そもそも神原自身が一向に迷惑とも感じていないらしいのが救いというかなんというか。

 そんなわけで、僕たちはゲーセンに行った後ミスタードーナツで時間を潰している。

「しかし、受験生のお前にブログをやる暇なんてあるのか?」

「ふむ。先輩が私の学業成績を心配してくれるのは真に有り難いのだが、今までバスケ部と勉学を曲がりなりにも両立してきた私だ。この程度のことはどうということもない」

 それもそうか。

「ただ、更新内容を考えるのに四時間、書き込むのに一時間かかるのは困ったものだが」

「一日でどんだけ書いてんだよ!」

「んー?昨日は五万行くらい……だったかな」

「もうちょっと一日の量をセーブしろ!読むほうだって大変だよ!」

 大体五時間もブログにかけてたらどう考えても勉学との両立に苦労するだろうが。

「ところで阿良々木先輩。そのブログの件なのだが、ちょっと相談がある」

「何だよ、相談って」

「うむ、実はブログ宛にこんなメールが届いていたのだ」

 と、神原はメールをプリントアウトしたものを見せる。

 題名は「あなたに素敵なお話をご紹介します」。

「……スパムメールじゃないのか?」

「……精子のように無駄に多いからスパムというのか?」

「女の子が精子とか日常会話で使うな!」

 そもそも語源も綴りも違うし。

「むう。いつも思うのだが、阿良々木先輩は女子に幻想を持ちすぎではないか。精子とか卵子ぐらい、生物の授業でも使うだろうに」

「今は授業中じゃないし、ここはミスタードーナツだ」

「そういえば、今日は忍ちゃんはいるのか?」

「ああ。今は影の中で寝てるよ。帰ったらおすそ分けだな」

 忍の分はもう買ってある。ドーナツを食べているときは機嫌も良いようなので、僕としては定期的に買わざるを得ない。

 相変わらず、笑っても話してもくれないけれど――今はまあ、それで良いのだと思う。

「成程、先輩は上手くやっているのだな」

「――お前はどうなんだよ」

「あれからは何も。腕にも変わりはない。二十歳まではこのままだろうな」

「で、メールの話に戻るけど、結局素敵な話って何だ?誰だよこれ書いたの」

「うむ、メールをくれたのは中学校の後輩なのだ。バスケット部で、最近妙な事件が起こったらしいのでな」

「それで何故お前に相談を?」

「恋の悩み相談、及びこんな怪談があるんですよ、と言うお知らせの様な物ではないかと思うのだが」

 ちなみにBLの相談ではないぞ、と神原は真顔で言う。

「そんな相談は聞きたくねえよ……で?」

「うむ、恋の相談はおいといて、怪談のほうを簡単にまとめると、こうだな――『体育倉庫に幽霊が出る』」

 神原がメールの内容をかいつまんで話す中、僕も紙を見ながら頭を整理してみた。

 ――去年の夏、体育倉庫で大人の階段を二人で昇っていたカップルが体育教師に見つかって、こっぴどく怒られたらしい。

 退学こそ無かったものの、片方は転校させられ、関係もそこで破綻した、と。

「ふーん……それで?当然、それだけで終わりじゃないんだろ?」

「うむ。彼等の片方――転校したほうが、噂によると卒業後自殺したらしくてな。彼女がバスケット部だったらしい」

 ――それから、幽霊が出るようになったのだという。

 すすり泣く、少女の幽霊が。

「その二人を見つけた体育教師って、まだ居るのか?」

「どうだろう?メールには書かれていなかったが……まあ、まだ居るとすれば、その人に祟っているのかもしれないな」

「……お前、この話信じるの?」

「だって、その――先輩には、見えるのだろう?」

 ――幽霊。

 まあ、確かにそっち系の知り合いが居ないこともないが。

 あれは祟る霊じゃないけれど。

 しかし――そうなると、神原の相談というのは。

「で、その……先輩の知り合いの――八九寺ちゃん、だったか。彼女なら、もしそこに本当に霊がいれば、解るのではないかと思って」

 ――もし霊が本当にいるなら、話を聞いてやりたいと思った。

 神原はそう言う。

 ……僕は思う――忍野の言葉に従うなら、関わりを持っている人間には、それは見える。

 僕も神原も、無論八九寺も、そういったものと既に関わってしまっている。

 だからこそ、なんとかしてやりたい――神原はそう思っているらしい。

 ――それは、ちょっと前までの僕のようでもあり。

 無論、今の僕にしたってさほど変わりはしないわけで。

「――で、僕に八九寺とのつなぎを頼みたいってことか」

「ああ。OBでない阿良々木先輩が中学校に行くのは色々不都合もあるだろうが、私なら問題ないから」

 神原が八九寺と一緒に行けば良い。

 八九寺はたぶん、普通の人間には見えないままだと思うから、神原と同行する分には問題ないだろう。

「――そうすると、問題は八九寺とお前が話すことが出来るかどうか、かな」

 いちいち僕が通訳に入るのでは意味がないし。

 最も、神原のその腕が残っている内は多分大丈夫ではないか、と僕は漠然と思った。

「うむ――その辺が心配なので、とりあえず事前に会いたいのだ。大体、先輩の話によると八九寺ちゃんは大層可愛いと言うではないか」

「……最後の一言でお前が物凄く不純に思えてきたんだが」

「何を言う阿良々木先輩。可愛い小学生を愛でたいと思うほど純粋な欲望などこの世に無いぞ!」

「涎を垂らしそうな笑顔で危険すぎる台詞を爽やかに断言するな!」

 ひょっとして、一番大丈夫じゃないのは八九寺の貞操なのではないだろうか。

 本当にこいつを曲りなりにも純粋な小学生である八九寺に紹介しても良いのだろうか……

「不安そうな顔をするな、先輩。私は子供の扱い方は心得ている。いや、熟知しているといっても良い」

「この文脈でそう断言されると余計不安になるんだが……」


 ――ともかく、そんなわけで。

 これから書かれるのは、神原駿河と八九寺真宵の――ちょっとした物語だ。


 ――さて。

 八九寺真宵をまずは捕獲しなくてはいけないのだが、相手は言わば希少生物である。

 ツチノコ並み……は言い過ぎとしても、本来ならワシントン条約で保護されても不思議のない代物だ。

「最近、通学路で会うことが多いんだけど……会いたいと思う日には中々会えないんだよな……」

「成程、八九寺ちゃんは奥床しい子なのだな」

「いや、その表現は正しくないな」

 むしろおかしい子だと表現すべきだろう。

 そもそも今日だっておかしいのだ。

 この僕が会いたがっているのに姿を現さないなんて。

「しかしそう聞くとますます会いたくなるなあ……じゅる」

「擬音を口にするな……って本当によだれがっ?」

 自分で言っただけだと思っていたのに!

 じゅる、なんて音、日常では殆ど聴いたこと無いぞ?

「仕方ないではないか。こんなに美味しい――いや、嬉しい状況はそうあるものではないぞ、先輩」

「言い換えてもまだ微妙な表現だぞ、神原」

「阿良々木先輩の意見は有り難く頂戴するが、私にも譲れぬ一線がある。私は常に、心に少女と夢を抱きしめていたいのだ」

「お前の年齢設定と乖離したネタを使うのはどうかと思うんだ」

 あと、そんな線はとっとと人に譲ってしまえ。

「ふふふ……少女を見守っていたい……影日向に咲く花のように……」

 どうやら神原の欲望はこないだから順調に増進していたようだ。

 何気に臨界点が近いような気がしないでもない。

 どうしよう。

 このままでは、八九寺をみすみす虎口に放り込むことになるのではないだろうか。

 そもそも、この路線で突っ走っても大丈夫なのか?

 主に年齢制限的な意味で。

 と、そんな馬鹿なことを考えていた僕の視界に、ランドセルを背負ったツインテールが映る。

 とことこと壁際を歩くその後ろ姿――うん、見間違えようもない。

 ――目標を確認。

「ああ、結局迷ってる内に発見しちゃった……」

「先輩、何か言ったか?」

 まあ仕方ない。

 僕はツインテールを指差して、神原に無言で頷く。

(神原――ちょっと静かにしていてくれ)

 この後輩、こういうことでの飲み込みは早い。

 輝くような歯を見せつつ、無言で親指を立ててきた。

 いや、その微笑はいらないから。

 ――しかし、どうしよう。

 以前、浮かれた僕は大失敗をやらかしているのだ。

 また驚かせてしまっては可哀想だし――そうだな。今度は静かに近づいて、優しいお兄さんらしく振舞おう、うん。

 そう考えた僕は――ゆっくり音を立てずに、八九寺の背後に接近すると。

「ふははははは!八九寺はいつも可愛いなあっ!ほれほれほれ高い高いたかーいっ!」

 腋の下に両手を入れて抱きすくめ、一気に持ち上げた。

「うきゃあああああああああッ!?」

 一瞬でパニックに陥った八九寺は振り返ることも出来ず、ただ足をばたばたさせる。

「ふはははははっ!この状態では何も出来まい!ほれほれほれくすぐっちまうぞ可愛いなこの野郎!」

「ふぎゃああああああああっ!ひあっ!ひゃあっ!」

 八九寺は後ろを蹴る――蹴る、蹴る。さらに蹴る。

 しかし、宙に浮いた状態で、後方に力の入った蹴りが放てるわけもない。

 それに気付いた八九寺は僕の腹を蹴って何とか逃れようとするが、どっこいそんなことで獲物を逃す僕ではない。

 抱きすくめたまま両手指をわきわきさせて八九寺の薄い脇腹をさわさわと――

「ふえええええええっ――!」

 そうだ。僕はここから更に――と、脳内のギアが上がりかけた、その時。

 ぱしん。

 後ろから頭をはたかれた。

 割りと痛かった。

「――あれ?」

 振り返ると、神原が実に味のある表情で僕を見ていた。

「阿良々木先輩。私は先輩を敬愛して病まぬ者だが――さすがにそれは人として問題があると思うのだ」

「――えーと」

 はっ、と我に返る。

「………………」

 ゆっくりと、八九寺を地面に下ろしてやった。

「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」

 ああ、こないだと同じ状態に退化している。

「えーと、その、何だ……ごめんなさい」

「うむ」

 神原が大きく頷く。

「いかに劣情に駆られたからといって、抵抗も出来ない少女を手にかけるなど言語道断」

 後輩に諭されちゃった……

 手にかけてまではいない筈だけど、とてもそんな反論が出来る状況では無かった。

 普段は僕より確実にエロいことを妄想しているはずの神原に諭されちゃった。

「せめて、ちゃんと相手の了承を得てからにすべきだ」

「いや――その発言にはそれはそれで問題があると思うぞ?」

 さて、それはともかく、改めて。

「――よう、八九寺」

 僕の挨拶に、八九寺の眼の色が段々と落ち着いていく。

 王蟲で言えば赤から青に変わっていく感じ。

「――やあ、これは粗々木さんじゃないですか」

「発音は合ってるのに何か間違ってる気がするのは何故だろうな……」

 なんかざらざらしてる感じだ。

 しかし、今日に限っては間違ってるとも言い難い。

 またやっちゃった。

 我を忘れてしまった。

 ごめんなさい。

「ふむ?――そこの貴方は、宅急動の人ですね?」

「なんの事かな?しかし……しかし。先輩の言ったとおりだな……本当に可愛いなあ!!」

 絶叫するほどのことではないと思うのだが、神原は全身全霊で喜びを表現していた。

 嗚呼、やっぱり。こういう奴だよなあ。

 あまりの反応に八九寺がびくびくっ、と後ずさるのにも頓着せず、神原はうっとりしていた。

「かいぐりかいぐりしたい……もふもふしたい……ああ、神はなんと残酷なのだ……こんなかわいい子が幽霊だなんて……」

 言ってることは正しいが動機が正しくない奴だった。

 まあ、予想通りの展開である。

「神原、涎くらいはふけよ……」

「あらりゃぎさん……わたし、なにか微妙に悪寒がするのですが」

「ああ、風邪じゃないか?」

 ここはさらっと流したいところなんだけどなあ。

「そんな訳がないでしょう。明らかにこの方は不浄な瘴気を放っています」

「お前、瘴気とか感じるのか?」

「いえ、言ってみただけです。オーラとか瘴気とか、見えたら格好良いじゃないですか」

 だよなあ。

 現実は格好良くない。

「そもそも、わたしは風邪なんてひきません。健康優良児として表彰されたこともあるのですよ?」

「ほうほう、いったい誰が表彰してくれるんだ?」

 神様か?そんなのが居るならちょっと詳しく知りたい気はする。

 二階級特進するぐらいだから、階級を定めてる奴は少なくともいるってことだよな――

「決まってるじゃないですか、わたしです」

 ……自分で自分を表彰していた。

 事によると二階級特進もただの自己申告かもしれない。

「ほら、マラソン選手が良く『自分で自分を褒めてあげたい』と言うではないですか。それと同じです」

「ほう、ならばお前は42.195キロを走ったことがあるのか?」

「無いですが何か?無かったら人は自分を褒めてはいけないと阿螺羅蟻酸は言うのですか」

「また間違った字で呼ばれてる気がするぞ」

 しかもすっぱくて鼻につく危険な感じだ。

 無駄に知能の高いオウムに苗字を呼ばれてる気分。

 八九寺の前世は鳥だったのかもしれない。

 まあ基本鳥頭だしなあ。

「むう、阿良々木先輩。人を鳥獣に例えるのは感心しないな」

 呟いてもいないのに神原に突っ込まれた!

「お前はやっぱりテレパシストなのか!?そうなんだな?」

 人が敢えて脳内で留めている考えを考え無しに喋るな。

「私もやはり、脳が猿並みとかいわれたら傷つく。いくらこの腕が猿とはいえ」

「……いや、そこまで言ってないから安心しろ」

「――それはそうと、男性と言うのは馬並みといわれると喜ぶそうだが本当か?」

「脈絡なく下ネタに持っていくな!ちなみに喜ばないし普通の男は馬並みじゃないから!」

「ほう――では阿良々木先輩は例えると何並みなのだろうなあ?」

「しまった!いつの間にかリサーチされているっ!?」

「ふふふふふ……知りたいなあ……ああ、先輩が忍野さんと絡み合っている光景を想像すると……ふふふ……」

「頼むからそれだけは想像しないでー!」

 しかもそれを僕の前で喋らないでー!

 それはセカンドレイプ並みに酷いセクハラだ!

「……はららぎさん。この方はいささか脳が可愛そうな方なのですか?」

「……字、間違ってるからな」

 いや、ある意味正しいのか。

 あと、お前が言うな。


 ――さて、話は飛んで数日後。

 僕と神原は新たに八九寺をパーティに加え、再びミスタードーナツに来ていた。

 前回神原が相談してきた、公立清風中学における幽霊騒動がとりあえず解決を見たらしい――というその件について、僕に顛末を説明してもらうためである。

 まあ、まずどう「解決」したのか非常に不安だったし。

 無論、八九寺の貞操も心配だったし。

 ほら、神原という危険人物に可愛い小学生を紹介してしまった僕としてはいろいろ思うところもあるわけで。

「フレンチクルーラーは美味しいですねえ。ここのところサイズが小さくなったような気がするのが残念ですが」

 そんな僕の心配をよそに、八九寺はドーナツをもりもり食っていた。

 ごく普通に、平然とドーナツを食べる浮遊霊。

 それは幽霊としてどうなのだろう……

「私はポン・デ・黒糖が好きだな。黒砂糖は健康にも良いと聞くし」

 神原はその横で負けじと凄まじい勢いでドーナツを消費している。

「悪いが、ドーナツ自体があまり健康には良くないと思うぞ」

「ふむ、しかし相殺ぐらいはしてくれるのではないか?」

 いや、それもどうなんだろう。

 少なくとも、一人で何個もばくばく食べてる限り、マイナスのほうが大きいのではないかという気がする。

 まあ、僕だってそんなこと気にせずに食べてるわけだが。

 それはともかく――公立清風中学である。

 戦場ヶ原、神原、そして羽川の通っていた中学校。

 さぞ真面目な学校だったのだろうと思いきや。

「いたって普通の学校でしたが」

「うむ。我々の頃もハーレムを築いて問題無い程度に普通だったが、さほど校風が変わった様には見えなかったな」

「ちょっと待て!我々ってどういう意味だ!」

 ……そこにはひたぎさんも含まれてるのかそうなのか?

「いやだなあ先輩。私の口から言わせるつもりなのか?無論、私としても微に入り細に入り描写しろと言われればそれも又やぶさかではないが――」

「描写はいらねえ!事実だけを説明しろ!」

「戦場ヶ原先輩も私もタチ気質だ。ただし私は先輩に対してはネコになるが」

「聞いてねえー!」

 むしろそこまでは聞きたくなかったよ!

「……念のため聞くが、あくまで気質なんだな、そうなんだな?」

「戦場ヶ原先輩の性癖については、残念ながら確言するわけにはいかないが――私個人について言えば、ある程度まではタチネコ双方の気質を持つと言って良いかもしれず、両方とも実践している可能性も敢えて否定しない、とだけ言っておこう」

「全然気質段階に留まってるかどうか確実じゃねえ!むしろ不安になった!」

 実践とか頼むから言わないでくれ……

 どうしたって妄想してしまうじゃないか!

「しかしだな阿良々木先輩。これは女子の後輩と交渉するにおいてはとても役立つスキルなのだ」

「交渉って言うな……」

 この文脈ではそんな何気ない単語すらいやらしく聞こえる……

「でもでも、神原さんはそれはもう素晴らしい探偵ぶりだったのですよー?実は関係者に百合のカップルがいたものですから、神原さんのスキルは花火に対する放水機並みの威力があったのです」

「――なんですと?」

 百合のカップルが話に関わっていたなんて、今始めて聞いたぞ僕は?

「相方が男、とは一度も言っていないと思ったが」

 ……確かに言ってなかったな、うん。

「役立つ女。百合探偵・神原駿河。うむ、良い響きだ」

「そして私が幽霊探偵・八九寺です。百合と幽霊、語呂もばっちりじゃないですか。素晴らしいですね」

「ああ……お前たちが素晴らしい連想力の持ち主だという事はよくわかった」

 とりあえずそんな探偵は世界に必要ないと思う。

 ……まあ、それはさておき。

「ああ、事件の顛末だな――登場人物をここで先にあげておこう。阿良々木先輩もその方が整理しやすいだろう」

 ふむ、何か本当に探偵っぽいぞ神原。

 で――今回の事件における登場人物、だそうだ。

 まず、メールを神原に送った依頼人――中学三年、青木さん。

 一年前、百合カップルを体育倉庫で発見した体育教師――白井先生。

 百合カップルの片割れ――中学三年、黒崎さん。

 同じく片割れで、転校後自殺したと伝えられる先輩――現在生きていれば高校一年、赤星さん。

 この四人だという。名前は一応仮名らしい。

 ……無理に仮名にしなくても良かったのでは、とも思うが。

「……他の連中は、お話から除外していいってこと?」

「そうだな。とりあえずは無視してもらってかまわない」

「ふーん……で、神原と八九寺は、体育倉庫の中は見たのか?」

「中には誰もいませんでしたよ?」

「八九寺、そのネタはすでに風化しているぞ」

「はい?何のことですか?わたしがえりんぎさんにそんな浅はかなネタを振るとでも?」

「その返しが雄弁にネタ師であると認めているわけだが――それを措いても菌類と間違えられるのはなかなかの屈辱だな……」

 いや、ネタのことは別にどうでもいいのだが。

「私も、あの神社のような妙な雰囲気は感じなかった」

「ええ――少なくとも自縛霊やそれに類する方は、体育倉庫には居ませんでした。浮遊霊だとすると、いつもは別の場所にいるのかもしれませんが――そういう方は大抵、未練とか恨みとかは薄れてしまっているものなんですけどねえ」

 ふむふむ。そんなものか。

「もしその赤星さんが本当に幽霊になっていたのなら――昔の恋人が見たくてふらふらと来ただけなのかもしれないと、その時のわたしは思ったものです」

「うむ、私も最初はそんなものかな、と思った。だが――何かがひっかかってな」

「何かってなんだよ」

「ふむ――では、ここで問題だ阿良々木先輩。私が疑問に思った部分と、その理由を挙げてみてくれ」

「いきなり問題編かよ!」

 ここで推理小説のフォーマットを挿入してくるとは……侮り難し神原駿河!

「ここで名探偵よろしくずばり真相を当ててくれたら、私の先輩に対する尊敬も溢れんばかりにいや増そうというもの。是非期待に応えてほしいものだ」

 お前の尊敬は有り難いが既に溢れ気味のような気がするぞ、神原。

 まあ、どうせならその口でぜひひたぎさんにも僕のことを褒め称えて欲しいものだが。

「……とは言え、別に僕はホームズでも明智でも金田一でもコナン君でもないし」

 ましてや忍野メメでもない――そんな僕が、怪異の謎解きなんて。

 ん――怪異?

 ……待てよ?

「――その、死んだ女生徒の話は、そもそも誰から聞いたんだっけか」

「メールをくれた青木さんだが」

「――彼女は、誰からその話を聞いたんだ?」

「ふむ……それはどういう意味だ?先輩」

 あえて答えず、僕は続ける。

「――後、その女生徒が死んだと言う話が、実際の所、いつごろから出てきたのか。最初に聞いたのは誰なのか。最初に幽霊らしき物を見たのは誰なのか」

「その時期が知りたい、と先輩は言うのか?それが重要なことだと?」

「ああ。もし神原たちもそれに気付いたのなら――ひっかけてみれば、犯人はボロを出しただろう。実際、そうだったんじゃないのか?」

「ふむ……最初に聞いた人はわからない。ただ、青木さんの教室では青木さんが初めてだったそうだ」

「じゃあ、最初に見た人は?」

「――黒崎さん、だな」

「成程ね……じゃあ、犯人は■■■■だな」

「――当たりだ、先輩。さすがだな。私は気付くまで丸一日かかった」

「ですねえ。わたしは全く気付きませんでした。不思議なものです」

 うんうん。そうだろう八九寺。

 お前のことだから僕には全く不思議ではないが。

「――で?」

「八九寺ちゃんに、一芝居打ってもらった」

「ふふっ、推理は苦手ですがお芝居は得意なのですよー?」

 ――以下、再現モードに移る。



 ――神原駿河と八九寺真宵は、依頼者である青木さんも含めた関係者三名を、放課後の体育倉庫に呼び出した。

「もうほっといてくれないか。こんな馬鹿げた茶番に僕は――」

「先生、でもみんなが幽霊を見たって言ってるんですし――悪戯だとしても、誰がやったか突き止める必要があると思います」

「もうやめてよね……私たちのことはほっといてよ……」

 ふむ――と神原は三者三様の反応を観察する。

 やはり――間違いないかな。

「皆さん――謎は全て解けました」

「「「――え?」」」

「神原――それは本当なのか?」これは白井先生。

「ふっ――この世には、不思議な事など何も無いのですよ――皆さん」

「先輩――私は、幽霊が居るのかどうかを――」青木さん。

「……ちょっと、本気ですか、神原先輩?こんな馬鹿げた――」黒崎さん。

 その時。倉庫内に、薄ら寒い声が響いた。


  ――先生。


「――な」


  先生。せんせい。

  裏切り者。 

  私を裏切った、酷い人。

  そして――先生を奪った、裏切り者。


「――ひ――あ、赤星?」

「あ……あなたなの?」


  だけど――恨んではいないのよ。

  ただ一言――謝ってくれれば、それで良かったのに。


「な――どうして?こんな……」

「そんなことが――あるはずが無いです!こんなことが……」


  何故、そう言い切れるの?

  そう――何故?

  それは、あなたが。

  騙り者だから――


「いやあああああっ!やめてごめんなさいっ!私はただ、先輩のために――」

「……はい、ストップ」

「……え?」

「――貴方が犯人ですね――青木さん」


 ――はい、再現モード終了。

「……とりあえず決め台詞のパクリは止めたほうがいいと思うぞ神原」

「む、次があれば検討しよう。ともあれまず聞こうか――何故、阿良々木先輩は彼女が怪しいと?」

「幽霊が、何故二人を告発した白井教師ではなく黒崎さんの前に現れたのかがまず疑問だった」

 引き裂かれた事を恨んで幽霊になったのなら、教師の前にまず現れたはず。

 そこが出発点。では、何故――と考えたとき。

 百合カップル、というのはあくまで後で聞いた話――そして僕たちにとっては、青木さんから聞いた話でしかない、ということに気付いた。

 では――もし当時付き合っていたのが、赤星さんと黒崎さんでは無かった、としたら?

「カップルが違っていたとすれば――」

「そう。実際に付き合っていたのは、教師と生徒だった」

 百合と言う噂は、教師と彼女の交際を隠すカモフラージュだった。

 恐らく、白井先生と赤星さんの密会に、赤星さんを慕っていた黒崎さんが協力していた――そんな所だろう。

 転校理由が百合がばれたから、というのは表向きの理由で――白井先生を守るために、赤星さんと黒崎さんがあえて罪を被ったのかもしれない。この辺の真相はわからない。

 事件と関係なく、赤星さんは転校の必要があったのかもしれない。

「――調べた所、赤星さんは確かに転校先で死亡している。しかし、それは自殺じゃない。病死だった」

 しかし――黒崎さんは、赤星さんが転校したあと、裏切った。

 遠距離で揺らいだ関係につけ込んだのか――あるいは教師が折れたのか。

 あるいは自らの病気を知った赤星さんが敢えて身を引いたのか。

 本当のところはわからない。

 僕たちの前には結果があるだけだ。

 だが、それが青木さんには――許せなかった。

 遠くに行った赤星さんを――死んでしまった彼女をもはや忘れようとしている二人が、許せなかった。

 彼女を忘れて平然と付き合っている二人が――許せなかった。

「――そういうことだったらしい」

 だから、幽霊をでっちあげて。自ら幽霊のふりをして黒崎さんを脅した。

 ――忘れるな、思い出せ。

「……お墓参りでもしてくれれば、それで良かったんです。でも、幽霊を見せてからも二人は言い争いばかりで――そんな気配もなかった」

 青木さんは泣きながらそう告白した。

 だから神原を呼ぶことで話を大きくして、二人の関係が他の生徒にも結果的に知れ渡ればいい――そう思ったのだという。

 基本的に善人で面倒見のよい神原なら、自分を頼ってきた部活動の後輩を疑うはずがない、と言う読みもあったのかもしれない。

「実際、途中まで私は欠片も疑っていなかったしな――他の生徒に聞いたら、噂の伝わり方が妙だったのでそこで初めて不思議に思ったのだ。私は自分の未熟さを思い知った気分だぞ、阿良々木先輩」

「……いいんじゃねえの?人を信じられないよりは、さ」

「……ふ、先輩はそうやっていつも私を励ましてくれるのだな。解っているぞ、それが慰めるための方便に過ぎないということは――しかし、その気持ちには全身全霊で感謝する」

 いや、方便って思ってても言うな。

 感謝も全身全霊をもってするほどじゃないだろう。

 しかし、羽川といいこいつといい……僕の話の組み立てはそんなに解体しやすいのだろうか。

「まあ、黒崎さんからは百合の匂いがしなかったので、遅かれ早かれ真相にはたどり着いていたろうが」

「それは今日聞いた中で最低の台詞だ!」

 匂いってなんだよ匂いって。

 しかも、だとすると百合スキルは直接は解決に役立ってないじゃん!

「前半の八九寺の言葉はミスリードだったのか……」

「ミスリードってなんですか?アスリートの親戚ですか」

 前言撤回。八九寺にそんな狡猾な叙述トリックは無理だな。

「いやいやいや――しかし今回はお腹が空く任務でした」

 いや、そもそもお前肉体労働はほとんどやってないだろうと。

 幽霊役を買って出たのは当然ながら八九寺である。

 ただし、普通の人には見えないし声も聞こえない幽霊だからして、出来ることは限られていた。

「わたしにあれほど演技の才能があるとは予想外だったのです」

「テープに吹き込んだ神原の声を流すために、再生ボタンを押すだけの作業だと今聞いたような気がするが」

 それに演技力が必要だとしたら確かに予想外な才能だな。

「――だがなあ、阿良々木先輩。一つ不思議なことがあるのだ」

「なにが?」

「実はな――」

「……後で見たら、スピーカーの音量が最低になってた?」

「ああ。だから――私の声は、あの時ひょっとしたら流れていないんじゃないか、と思うのだ」

 駄目じゃん八九寺の才能。

 しかし声は、確かに八九寺のいた方向からはっきり聞こえたのだと言う。

「振り返ってみると、私の録音した内容と若干違っていたような気もしてな――」

「――八九寺、なんか一緒になって喋ったか?」

「いえ?私はボタンを押すことと時間を計ることに熱中していましたので」

「……ちなみにその声は、何て喋ってたんだ?」

「うむ。一番最後、青木さんが泣き出してから――」


  ――ありがとう。


 という声が聞こえた――そんな気がしたのだと言う。

「その時は真宵ちゃんのアドリブか、はたまた先輩が密かに学校に潜入したのかと。粋なことをする、と思って聴き流したのだが――」

「わたし、アドリブは得意ではないのですが」

「いや、それは嘘だろう八九寺……とは言え、僕が夢遊病で無い限り、後者も有り得ないな」

 そんな記憶はどこにもないし、そもそも僕は清風中学の場所すら正確には知らない。

「……ですよねえ」

「そうだろうなあ」

「…………」

「まあ、いいんじゃね?」

「そうだな、よしとしよう」

「結果往来歩行者天国ですね!」

 往来の意味を間違えた上に無理やり繋げるな。

 ――天国ね。

 本当にあるかどうかは知らないけど。

 ――まあ、結果としてはそう悪くはない締めだった、ということなのだろう。


 ……オチというか、今回の後日談。

 結局、白井教師と黒崎さんは別れたという。

 あれから、二人とも高熱で倒れて生死の境をさまよったというのだ。

 同時に倒れたことから既に怪しまれていた関係が学園で噂となり――結局、白井教師が学園を去ることで関係も終了となったらしい。一年伸びたとはいえ、教師にとっての結末は変わらなかったわけだ。

 黒崎さんにとっては――かえって良かった、のかもしれない。

「遠距離になれば、また自分のような存在に白井教師がなびくかもしれない――そういう恐怖に襲われたのかもしれないな」

「ならば、すっぱり終わりにしようというわけですか。打算的なんですねえ」

「現実的、なのかもな」

 そこに幽霊の出る幕は、無い。

 またいつものミスタードーナツに向かいつつ、三人でそんな話をしていた。

「良く男性より女性のほうが現実的だというが――やはりそうなのかもな」

 青木さんは――普通の受験生として勉強に励んでいるそうだ。

 何を思い立ったのか、この高校に入学するつもりだという。

 神原のファンなのは、事実だったらしい。

 色々と道を誤ってるような気がしなくもないが。

「彼女と私は入れ替わりだがな。あくまで本人次第だが――バスケ部に入って跡を継いでくれるなら嬉しく思う」

 そういう神原がとても嬉しそうだったので――まあ、いいんじゃないか、と僕は思う。

 ――僕の携帯にメールが入った。

 着信音は某ホラー映画の主題歌だ。

 ……本人には内緒だけど。

 勿論この場合、本人とは戦場ヶ原のことで。

 ミスタードーナツで会う約束をする。

「――OKだとさ、今から来るって」

「ふむ……では私たちは外したほうが良いか?」

「なんで?一緒に行こうぜ」

「む――嬉しい言葉だが、しかしいいのか?久々の水入らずだろう」

「お前が遠慮する柄か――八九寺はどうだ?あいつがまだ怖いか?」

「戦場ヶ原さんですか。そうですね……今のあの方にわたしが見えるかどうかわかりませんが――」

「向こうが見えないなら、お前が恐れる必要もないだろ」

「それは確かにそうなのですが」

「大丈夫だ。先輩はたとえ見えないからといって君を嫌うような人ではないぞ」

「……以前会ったときには、子供が大嫌いだと明言していたけどな」

「罠ですかっ!差し出された椅子に剣山が置いてあるかの如き虐めですかっ!?」

 剣山って――八九寺、お前いつの生まれだよ。

 まあそれはさておき……むしろこれは、戦場ヶ原に対しての罠だろう。

 これは前回デートをすっぽかされた返礼のようなものだ。

 戦場ヶ原にも八九寺の扱いに慣れてもらっていい頃ではないだろうか。

 多少は戸惑ってもらおうじゃないか、ひたぎさん。

 まあ、どうせあいつのことだ。

 何事も無いかのようにさらっと流して、あとでちくちく僕を虐めるんだろうけど――あれ?

 ……それはどうなんだ僕としては。

「それはいいことですね」

「うむ――いい考えだ、悪くない」

 ……僕に良いことは何も無いような気がしてきたけど。

 まあ――いいか。


 春はゆっくりと過ぎ去っていって。

 僕たちは、日常を生きる。

 全て世は――事も無し。


    「するがディテクティヴ」end.