――事の発端は単純なものだった。
ある日の午後、学校から帰ってきた高村橘花はベッドの上でごろごろしていた。
それは心に微妙な空白をもたらす時間。
一人の自由に寛ぎつつも、幾許かの不満と期待が心から染み出してしまう時間。
――漫画でも読もうかな、と思ったところで、部屋の外から声がかかる。
「入っていい?」
「……ん、いいよ」
期待していたという自覚は無いのだけれど――でもやっぱり嬉しい、その声。
部屋に入ってきたのは幼馴染の深町徹生だった。
高村家の居候であり、現時点では橘花の彼氏でもある。
ついでに言うとちょっと変態な性欲魔人でもあった。
橘花もすでに幾度となくその被害にあっている。
オナニーしている最中に襲われたりとか、海の家とか学校で犯されたりとか。
(……私、なんでコイツと付き合ってるんだろう)
たまにそう思わなくも無いが、まあ、それでも好きなものは好きなのだった。
実際、今日だって一緒に帰ってきたぐらいだし。
だがしかし。
「なあ、頼みがあるんだけどさ」
「なによ?」
「橘花が今履いてるパンツが欲しい」
……これにはさすがに一瞬脳が止まった。
「……はあ?アンタ何言ってんの?日本脳炎にでも感染したの?」
「橘花のパンツが欲しい。何も言わずに脱いでくれ」
「いや、欲しいって言われても……大体もらってどうする気なのよ?」
「いや、どうすると言われても……」
「……あのさ、アンタ絶対なんか変なこと考えてるでしょ」
「……うん。そうかも」
認めるのかよ。
「言いなさい。何に使う気よ?」
……数秒間沈黙した後、徹生は橘花を真っ直ぐ見て答えた。
「履いてみたぃ」
ばきいいいいっ!
橘花は全力で右ストレートを叩き込む。
「やるか馬鹿あああああっ!」
容赦ない制裁に仰け反った徹生だが、打撃自体はあまり堪えた様子はなかった。
「……いってえ……本気で殴ることないだろ?」
しらっとした顔で不平を述べる彼氏を前に橘花はぐったり。
「はあ……あたしなんでこんなのと付き合ってるのかしら……?」
「そういうなよ。橘花だってするのは好きだろ?」
「それとこれは別!大体、徹ちゃんいっつも変なことばっかりするし……」
「……いいじゃん、パンツぐらい」
「ぐらいって何よ!あ……あたしは、もっと普通に……」
「……橘花。本当に駄目?」
「駄目じゃないけど――なんか、ただあげるのはいや」
「……じゃ、どうすればいいんだよ」
じとり、とこの困った恋人を横目で睨んだ後に告げる。
「――優しくしてくれたら、ごほうびにあげる」
「……優しかったら、いいの?」
「だって……いっつも徹ちゃん、乱暴なんだもん」
そう言いながら、橘花は頬や耳がどんどん赤くなっていくのを感じていた。
「――でも昨日、今日あたりはやばいから駄目って言ってなかった?だから俺……っと」
何故口ごもる……と疑問に思った橘花はまたじとりと徹生を睨む。
「コンドーム付けてくれるならいいよ。……で、『だから俺は』何なの?」
「……実は、橘花のパンツ履いてオナニーしようとぅあがっ!」
再び右ストレート。
「……あたし、このフナムシ男とすぐ別れたほうがいい気がしてきたわ」
「冗談だって……解ったよ。優しくすればいいんだろ?」
いや絶対本気だ、と橘花は思ったけど――溜息を一つだけついて、頷いてあげることにした。
「……うん。優しく……して」
で。
「ほら……やってくれよ。コンドームつけないと駄目なんだろ?」
ベッドに腰掛けた徹生の前で、下着姿になった橘花はコンドームを手にしていた。
付けてあげるのは初めてなので少々戸惑いはあったが、今日は本当にまずいので生でさせるわけにはいかない。
「ねえ、これどうやってつけるの?……それに、なんか徹ちゃんのまだ小さいよ?」
「……大きくしてくれよ。でないと被せられない」
「……うん。ね、これ剥けばいいの?……ふふ、なんか子供みたいだね……」
徹生のペニスはまだ半立ち状態で、皮もまだ被ったままだった。
右手で包み込んでゆっくり奥に送り出してやると、正にむきっ、という感じで亀頭が姿を現す。
その刺激に徹生は思わず声を漏らした。
「……んっ」
「あ……出てきた……ふふっ、なんかこの状態だと可愛いね……」
思わずにこりとしてしまう橘花。徹生が感じているのが面白くて、そのまま前後に手を動かす。
こしゅこしゅ、こしゅこしゅ。亀頭から恥垢がこそぎ取られ、汗と一緒に橘花の手を汚していく。
「気持ちいい?徹ちゃん……やだ、なんか、手がベタベタするよ……?」
「ああ……もっとやって……しゃぶって、大きくしてくれよ……」
「うう……徹ちゃんのこれ……臭いよ?なんかカスついてる……」
「仕方ないだろ……それより……ほら」
促す徹生にぶつくさ言いながらも、仕様がないな、という笑みを浮かべて橘花は唇を寄せていく。
「解った……ふふっ……綺麗にしたげる……んっ」
ちゅる、と音を立てて橘花は先端を含むと、そのまま舌を這わせつつ顔を前後させる。
「んくっ……うふっ……うんっ……ふぅっ……」
ちゅぱ、じゅぱ、と唾が潤滑剤となって泡立ち淫靡な音を立てる。
橘花が舌を裏筋から亀頭の凹凸全体にぐるり、と回しながら残った恥垢を舐め取ってやると、徹生はまた呻き声を上げた。
それに呼応して口の中の肉棒もどんどん硬く、大きくなっていく。
「……橘花……そろそろ」
「うん……でも、どうやって付けるの?」
「先端にかぶせてから……口で……」
きゅっとしごいて送り込むような動作を求めているらしい。
「ああ……なんとなく解ったけど……うん、やってみる」
左手に持ったままだったコンドームを膨れ上がった亀頭に嵌めると、ゴムの輪の部分がちゅるん、とその下に落ち着いた。
そこから再び橘花は口に含むと、舌と唇でゆっくりゴムをめくり伸ばしていく。
初めてのこと故少々時間はかかったが、なんとかコンドームは幹にフィットする形に展開した。
最も、その焦らされた時間もまた心地よかったようで、橘花が口を離したとき、徹生のペニスはさらに硬く反り返っていた。
「……もう、すっごく硬くしてる……えっち」
「ああ……もう俺っ……橘花に入れたい……」
「うん……あたしも……興奮してる……」
仰向けに寝た橘花の上に、徹生はかぶりつくようにのしかかると、パンツをやや乱暴な手つきでずらす。
「脱がせるからな」
「……優しく、ね」
聞いてるのか聞いてないのか微妙ながら、徹生はパンツを剥ぎ取ると右手にそれを掴んだまま左手でペニスを橘花の秘裂に押し当てる。
「……橘花、もうすっごく濡れてるよ」
先端でちょっと花びらをこすりたてただけで、亀頭はぬるぬるになっていた。
「……うん……舐めてたら……変な気分になっちゃった」
「……入れちゃうからな」
返事を待たず、徹生はペニスを一気に押し込んだ。
ずずずるじゅぷっ!
狭い肉割れを強引に押し開きながら、かちかちになった肉棒が子宮の入り口までを一直線に貫く。
「あうっ!」
中は充分濡れていたが、それでも一瞬、引き攣れるような痛みに橘花は叫び声を上げた。
「馬鹿……あんまり大きい声出すなよ……」
「だって……あぅっ……おなかが……」
「……動くよ」
徹生は年齢相応の切迫した欲望に突き動かされ、乱暴とも言える速度で腰を叩きつけていく。
「やあっ!あうっ……あっ……あふっ……」
半ば無理やり内部をほぐされ、橘花は呻きつつも湧き上がってくる快感を抑えられない。
自分の膣が意思にかかわらず、蠢いて徹生を迎えるのを感じる。
一突きごとに、理性が麻痺していくのがわかる。声がどんどん出てしまう。
「あふぁっ!ああっ……ふぐッ?」
一声ごとに大きくなっていく声量に不安を覚えたのか、徹生は突然橘花の口に何かを詰め込んだ。
「でかい声出すなって……ちょっと噛んでろよ」
呆れたような徹生の声に、一瞬我に返った橘花が次に感じたのは、どこか嗅ぎ慣れた酸っぱい匂い。
……徹生が橘花の口に噛ませたのは、彼女自身のパンツだった。
(やだ…………あたしのパンツ……駄目えっ……汚い)
涙目で睨むが、徹生は一向に意に介さず腰を送り込み続ける。
正直非道い男だった。
「ううっ……橘花……気持ちいいっ!はあっ、はあっ、はあっ……!」
「うんっ……うんっ……ぐふぅっ……!!」
声も出せず、口で息も出来ない橘花はそれでもパンツを吐き出さず、すんすんと鼻で呼吸しながら耐える。
ぱんぱんぱん、とどんどん徹生のストロークは短く激しくなり、終わりを橘花に予測させる。
ぐちゅっじゅぱっ。ぐちゅっじゅぽっ。ぐちゅぎちゅっ。
彼女の意志に関わらず、快感に分泌され続ける体液が接合部で泡立つ。
(もう……早く終わってぇえええ……ふええん)
そう思いながらも、橘花の膣はきつく徹生の肉棒を咥えこんで離そうとしない。
酸素が足りないと思いながらも、彼女もまた絶頂へ導かれていく。
「ふっ……ふっ……ふー、ふー!」
「うああっ……!橘花、いくよ、橘花の子宮に精液出すっ……!出るっ!」
「ぐふっん……っ!ぷはあああああっ!」
橘花がついに下着を吐き出した瞬間。
子宮口を薄膜越しに感じながら、徹生がコンドームに白濁を放つと同時に、橘花もまた達していた。
「あぅうううっ!!……あっ……あ……はぁあ……」
びくり、びくり、と肉棒が脈動するたびに、橘花の膣も意志を持つかのように蠢いて精液を搾りたてていく。
繋がったそのままで、しばらく二人は抱き合っていた。
コンドームを片付けた後も、二人はベッドの上で怠惰な時間を過ごす。
こうなるとほとんどただのバカップル。
「……気持ち、良かった?ナマじゃなかった、けど……」
ややあって橘花は、ちょっと心配そうな顔で聞く。
「ああ……関係ないよ。橘花となら……なんだって気持ちいい」
「やだ……こんなときばっかり調子いいし」
くすり、と橘花は笑って、並んで横たわる徹生の顔を見つめる。
「で……さっきの話だけど」
と、徹生が真面目な顔で見返して来た。
「……何だったっけ」
……あんまり話題にしたくないな、という橘花の願いも空しく。
「パンツの話」
はあああ、と橘花は今日何度目かの溜息をつくと、とりあえず再度諭そうとしてみる。
「……あのね?徹ちゃん……その、嫌なわけじゃないけど……やっぱそれって変態っぽいよ?」
「そうかな?」
「絶対。そりゃ、やばい日だから本番しない、って言ってくれるのは嬉しいけど……」
自分のパンツをネタに自慰行為に励む彼氏は流石にあんまり想像したくなかった。
「でも、コンドームだって穴が開いてないとも限らないだろ?だからさ」
普通は無いけれど。
「……単純に我慢する、って言う選択肢はないのかしらん?」
「橘花は可愛いから一日でも我慢できないな」
「もう……上手いこと言うんだから」
でも――じゃあ。
「じゃ、じゃあ……お尻でなら……いいよ」
「……え?」
今度は徹生の目が点になる。
「何?なんかあたし変なこと言った?」
「……いや、だけど……本当にいいの?」
冷静にそう言われると、それはそれで橘花としては不安になるわけで。
「……うん」
「多分、最初は結構痛いと思うよ?」
「……じゃじゃじゃあ!時間……かけて?」
「……えーと、それは」
「その……何回かに分けて……あたしを慣れさせてよ……」
その言葉に、徹生は何回か目をぱちくりさせた後。
――突然、橘花をぎゅっと抱きしめた。
「ちょ……何っ――何なのよぅ?」
動揺する橘花に構わず、徹生は彼女の髪を撫でつつにこにこしている。
「……いや、橘花はやっぱ可愛いなーって」
晴れ晴れとした笑顔で、そんなど真ん中の台詞を言われると。
「……ななな何言ってるのよ……馬鹿……」
橘花はまた真っ赤になってしまうのだった。
「……あ」
徹生が何か気づいたように呟く。
「何よ?」
「……また、勃っちゃった」
「……………………で?」
「……もう一回、どうかな?その……お尻とかで」
「……さっきより、もっと優しくしてくれたら……いいよ」
「……うん」
で。
「……は、入る……かな?」
「だいぶ……ほぐれたとは思うけど……」
ローションの類は無かったので、ハンドクリームでとりあえず代用。
小さなすぼまりの周りをまずほぐした後、中に少しずつクリームを塗りこんでいく。
それでも指を一本、そっと押し込むだけで橘花は息を詰まらせてしまう。
だいぶぬるぬるにはなったけれど、まだ人差し指だけできゅうきゅうだ。
「……これじゃまだ本番は無理だなあ」
「ええ……そんなあ……頑張ったのにぃ……」
涙目になってる橘花を見てると、徹生の脳裏には「本末転倒」という言葉が浮かんでこなくもないのだが。
「自分で言ったじゃん。何回かに分けて慣れたほうがいいよ?」
「……くすん……解ったわよう……」
とりあえず諦めたと見て、徹生も今日の所は終わりにしようと思った。
「じゃ、これからどうする?」
「……二人でシャワー浴びよっか」
「ああ、それもいいな」
橘花は立ち上がろうとして、ふと気づく。
「……ねえ、あたしのパンツは?」
「……あれ?どこいったかな?」
気がつけば、徹生は脱いでいた服を全て身に着けていた。
「どっか落ちてるだろ?俺は部屋へ着替え取りに――」
「……待ちなさいコラ」
くるり、と廻って部屋を出ようとした徹生の首根っこを掴む。
「……徹ちゃん?ひとつ聞いていい?」
声のトーンが思いっきり低くなっていた。
「……な、何かな?」
「ズボンの下には今、何を履いてるのかしらん?」
「……えー、黙秘権を行使し」
「とっとと脱いで置いてけぇっ!この変態フナムシっ!!――」
右ジャブ左ジャブ右ストレート。
下がった所を踏み込んで左アッパー。
戻ってきた顔に右フック。
「――徹ちゃんの馬鹿ああああっ!!」
とどめに沈んだ後頭部に左エルボー。
……そのまま倒れ付した変態を打ち捨てて、橘花は独りで浴室に向かった。
「まったく……ホントに馬鹿なんだから」
もはや何度目か判らない溜息をつくと、橘花は呟く。
「隠さなかったら、後であげても良かったのに……馬鹿」
その日の夜もふけて。
「……ふ、橘花の奴、シャワー浴びてる隙にパンツを箪笥の新品と取り替えていたとは流石に気づくまい」
自室のベッドで独りごちる徹生の手には、しっかりと橘花の使用済みパンツが握られていた。
橘花にはちゃんと脱いで洗濯物の中に入れておいたと言ってある。
まあ、何日かしたらさすがに気づくだろうが、それまでにまた洗濯物に混ぜてしまえばいいのだ。それまでは匂い嗅ぎ放題、ネタにも使い放題である。
「さて……今日はこれから」
どうしようか、と思ったとき、とんとん、と小さなノックの音がした。
(――これ兄者。つぐみであるぞ。開けたまえ)
妹の囁きが聞こえる。
「……何が開けたまえ、だ。偉そうに」
それでも一応開けには行ってやる。
パンツはベッドの下にとりあえず隠しておくことにした。
(……こんな時間に何だよ?)
(ふふーん。とりあえず、入れて欲しいな)
迷ったが、廊下で押し問答しても始まらないのでとりあえず導き入れる。
「……どうした?何か相談ごとか?」
つぐみは部屋に入るなり、何故か鼻をくんくんさせていたが。
「……兄者、今日はまだ自慰行為に走ってないんだね?」
いきなり徹生を見てくすり、と笑った。
「まー、昼間お楽しみだったから、無理もないよね?」
「……なっ、何言い出すんだよ……お前」
「ふっふー。これはなにかなー?」
と言って、つぐみが取り出したのは。
――徹生と橘花のあられもない痴態の写真だった。
デジカメのデータをプリントしたのだろう、若干粒子は粗いものの顔は一目瞭然だ。
「これはっ……つぐみ、お前どういうつもりだよっ!?」
「……ふふ。これネットに流したら、橘花お姉ちゃんもお兄ちゃんも困るよね」
「馬鹿、何考えてんだ?すぐデータ消せよ!!」
怒る徹生を尻目につぐみはぷいっ、とそっぽを向く。
「……やだ」
聞く耳持たぬといわんばかりのその態度に徹生も切れた。
「この……カメラよこせよ!」
細い手首を掴んで無理やり引き寄せる。顔を覗きこんで凄んでみてもつぐみはまだ動じない。
「データはバックアップして隠してるもん。カメラ取っても無駄だよお兄ちゃん」
「……何でこんな真似するんだよ?橘花が聞いたら怒るだけじゃすまないぞ?」
――そこで、初めてつぐみの表情が弱々しく変わった。
「だって……お兄ちゃん、つぐみにぜんぜん構ってくれないし……」
そう言ってそのまま俯いてしまう。そして――小さな肩を震わせて、続ける。
「橘花おねえちゃんは好きだけど……つぐみはお兄ちゃんが……もっと……好きなの」
ごく自然に――本当に当たり前のように、その言葉は紡がれてしまった。
「つぐみ、お前……」
上目遣いでどこか怯えつつ、でも、同時に悪戯っぽくその瞳は潤んで。
「……だから、ね?」
その後の言葉は。呪文のように徹生を縛って。
「お兄ちゃん……つぐみにも……お姉ちゃんと同じように……して?」
それはまるで、悪夢の中の言葉のようで。だから。
「そしたら……誰にも言わないから……」
ぎゅっ、と自分に縋り付く妹に、彼は愛情に匹敵する恐怖を感じる。
その夜徹生は、小悪魔の尻尾を見たような気がした。
……けれど、もう彼に呪縛を振り払うだけの理性は、残っていなかった。
――とりあえずの、おしまい。