ゆのはな 二次創作SS

「しあわせなじかん。」



しあわせなじかん。


 かちかちかちかち。

 キーを叩く音とともに、画面に打ち出されていく文章。

 その前に座る一人の少女。


  ……私の名前はほなみといいます。

  ちょっとお調子者の大学生、たくや君に恋する女の子です。

  今日は、最近私の身の回りに起こった出来事について、お話ししようと思います。


  私はこの春、地元の近くにある高校に入学しました。

  でも、連休が明けてからかれこれ一週間と言うもの、完全に引きこもっていました。

  何故か、とご質問ですか?

  わたしの住んでいる町はゆ○は○町という、地方の鄙びた町です。

  私の町からその高校に入った人は私一人、と言うぐらい、若年人口の少ない町でもあります。

  ですから、私には高校に入ったとき、誰も知っている人がいませんでした。

  入った当初はその内馴染めるだろう、と思っていたのですけど。

  でも――なかなかそうはいきませんでした。

  お友達を作るというのは、難しいです。


  たくや君は、私の町に旅行者として現れた大学生でした。

  いろいろな事情があって、今私とお付き合いして頂いています。

  でも、彼は都会の大学に通っているので、今はあまり頻繁に会えません。

  先日会いに行ったときは、迷ったりして大変だったりもしました。

  それから――


 かたん。

「……こんな物を書いていては駄目なのです」

 はあ、と溜息とともに消去。

 こんな愚痴めいた告白をネットに晒してどうしようというのか。

 何の解決にもならない。

 優しい言葉をかけてくれる人はいるだろう。

 厳しい忠告をくれる人もいるだろう。

 あるいは心無い罵倒もあるだろう。

 でも、穂波は知っている。

 自分は、本当はどれも必要としていない。

 必要なのはただ一人の言葉と――その笑顔だけなのだと。

「……拓也くん」

 ――会いたい。

 でも、今は会えない。こんなだらしない自分を、弱い姿を見せたくない。

 拓也くんも、私に会いたいのは同じ……だと思う。

 そんな彼に、余計な負担を与えてしまうから。

 でも、寂しい。彼の体温を、匂いを――そして呼吸を感じたい。

 叶わぬ希望による鬱屈した衝動を、穂波は何とか解消しようとしてみたのだけど。

 一人遊びだけでは到底無理で。でも夜は寂しくて、泣きたいほどに眠れない。

 で――結局どうなったかというと。


「くのくのくのくのっ」

 連休とあわせて十日足らずでマスタークラスへと進化した彼女の分身が画面上を駆ける。

 自宅の回線速度はやや微妙ではあったが、穂波はそれをものともしない的確な判断力と効果的な技の選択で敵を殺戮していく。

 ――ネトゲー三昧、立派な引きこもり初心者の出来上がりだった。

「……ふう」

 ひと段落したところで接続を切ると、穂波はそのままベッドに寝転がる。

 強引に自分を疲れさせて、泥のように眠る。

 夢は見たくない。だって、見るのは彼のことばかりだから。

「――拓也くんの、馬鹿」

 ――あいたい。あいたくてたまらない。でも、あえない。


(……情けないあーほんとに情けない小娘なのです!わらわの有難い力に少しは頼ってみようとか思わないのですか!いいですかいちごぱふぇを祠の前に)


 たまーに、夢の中で誰かにぶつぶつ言われているような気もするけれど。


(こらーっ!神のありがたい言葉を聞きなさーいっ……)


 今はまだ――聞きたくなかった。


 結局、一度もその週は学校に行かぬまま土曜日の夜。

 惰性でネトゲーにいそしむ彼女の前に、とあるPCが現れた。

 名前は「クワゥテモック」。

 見たとたん、どきんとした。

 ……まさかね、と思いつつ、声をかけてみる。

 かちかちかちかち。

「はじめまして。今日はどちらへ?」

 ぽーん。

「恋人を探しています」

 かちかち、かたん。かちかちかち。

「……こいびと、ですか。どんなひとですか」

 ちょっと考えて、ぽーん、と返事。

「俺の肩ぐらいの背丈で、お菓子を作るのが上手いショートカットの女の子」

 ――かちかちかち。

「……ずいぶん具体的なのですね」

 ぽーん。

「うん。大好きだから、彼女のことは何でも憶えてる」

 かちかちかちかちかち。

「……では、彼女が今何を考えてるのかも、判るのですか」

 また、ちょっと考えて。……ぽーん。

「判ることも、判らないこともあると思う。だから、聞きにいく」

 かちっ……かたん。

「……聞きに、来る?」

 つい「来る」と言ってしまった。

 ……でも。この人は、ひょっとして。

「うん。あーほら、まずあいつ倒しちゃおう」

 ……かたん。ようやく返事を返す。

「……はい。ご一緒します」


 経験値を首尾よく稼ぎ、さてこれからこの怪しいPCにどう話しかけるべきか、と考えていると。

 突然、向こうの動きが変わった。ちょこちょこちょこ、と穂波のPCから無造作に離れていく。

「……あれ?ちょ……何処に行くのです?」

 返事はない。行ってしまう。

「え?……え?人……ちがい?」

 そうなのか。

「……そうだよ、ね。よく考えれば、拓也くんがネットゲームなんてするはず――」

 と穂波の心が急速に萎んでいった、その時。


「うおーいっ!ただいま穂波!」


 突然寝室の扉が開いた。

「ふひゃあああああっ!」

 お約束ですが心臓が飛び出ました。

「た……拓也くんっ?どどどどどうしてっ?」

「ふふふ、わかばちゃんのところで回線を借りてたっ!いやーわかばちゃんも結構はまってるらしいんだよな、このゲーム」

「――何故私のPCの名前を?」

「榛名さんに調べてもらった。で、今なら起きてるなーと思ってこっちに突撃した」

 ……お母さんが。

「……いつから、知っていたのですか」

「一週間前に榛名さんから電話がかかってきてさ。週末こっちに来てくれないかー、って」

 ――お母さんお母さん。私のお母さんは、なんでもお見通し。

「で、やって来ました、草津拓也です。よろしく――あ」

 もう、我慢できなくて。

 彼の胸に顔を埋めていた。


「――おかえりなさい、拓也くん」

「……うん、ただいま――穂波」

「拓也くんは、非道いのです。いつだって突然すぎるのです」

 穂波はとりあえず愚痴ってみるけれど、声から嬉しさと甘えはどうしたって隠せない。

「ごめん。でも、いろいろ考えたら今回はこの方がいいかな、って」

「お母さんが、いろいろ喋ったのですね」

「……穂波を心配してるから、だろ?」

 顔を埋めたまま、穂波は呟く。今、自分は笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。

「……そんなことは判ってるのです。拓也くんは、いつまでこっちに居られるのですか?」

「穂波が学校に行きたくなるまで、かな」

 もはや我羞と判っていても、穂波は言葉を抑えられない。

「……ずっと居てくれるなら、毎日ちゃんと行ってちゃんと帰ってくるのです」

「さすがにそうはいかないけど――これなんてどうかな」

 拓也の手の上には二つの携帯電話が。

 携帯は穂波も一応持っているけど、これはかなり新しめの機種のようだ。

「……なんですか?」

「テレビ電話できるケータイだってさ。最近のはよくできてるよなー。これに変えたら、顔見ながら話せるだろ?」

 ああなるほど、とは思ったけれど、一つ問題が。

「あの……ゆのはな町はまださーびす圏外なのですが」

「なんですと!」

 がびーん、と驚く拓也。その顔を見ていると、思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。

「ふふ……それに穂波は、本物の拓也くんでないと駄目なのです」

 映像なら携帯じゃなくって、PCでだって会う方法はある。音声だって文章だって、伝える方法はいくらでもある。

 でも。やっぱりわたしはこの人のぬくもりと一緒に居たいのだ。

「穂波――」

「……でも、我慢するのです。今日、会いに来てくれたから」

 ぎゅ、と抱きしめると、拓也も穂波を抱きしめ返してくれる。

「高校、嫌い?」

「嫌いじゃないです。でも――いろいろ難しいのです」

「友達を作るのに急ぐことないんじゃない?自分を出していけば、穂波なら自然と回りに人が集まってくると思うし」

「でも――私は暗くて引っ込み思案でそんなに可愛くもないですし」

「こーら、穂波が可愛くないなんて思ってるのは本人だけだって」

「……そんなことないのです」

「いーえ事実。だから心配はいらない。それに――ほら」

 拓也が指差した部屋の隅。

 賽銭箱の形をした貯金箱の隣で、うさぎの鈴がころん、と鳴った。

「……あ」

「多分、あいつはいつも見てくれてるからさ」

「――そうですね」

「俺も、いつも穂波のこと考えてるし……だから、一緒に頑張ろうぜ」

「……はい。拓也くん……ありがとう」

 ――結局、私はまだ弱い子のままなんだろう、と穂波は思う。

 でも、彼がいれば。離れていても、確かに其処にいると感じられるなら。

 きっと、今よりもっと強くなれるはず――そう思った。


「……今日はこっちに泊まるのですよね?」

「うん、わかばちゃんには言ってきたし。榛名さんは高尾酒店に行ってくるって出てっちゃった」

「もう……お母さんは気を利かせすぎなのです」

「じゃあ呼んで来る?」

 ぶんぶんぶん、と高速で首を横に振ると、穂波は拓也の耳に口を寄せて囁いた。

「せっかくですから――拓也君といっしょのベッドで眠りたいです」

「そりゃ俺だって……じゃあ、もう寝るか?」

「……でも、しばらくは寝かせてあげないのです」

「えー」

「だって――」

 言葉を切ると。

「――その前に拓也くんはすることがあると思うのですよ?」

 ちゅ。

 どちらからともなく。あまく、長い――キス。

「……実は俺も、そう思ってた」

「では――速やかに実行してほしいのです」

「……うん」


 ――まあ、その後の二人については敢えて語る迄もないかと。


 で、翌朝。

「せっかくですから、二人で祠になにかお供えしに行こうと思います。喫茶店の材料を買いに行くついでにお小遣いで……あれ?」

「……どうした?」

「……いや、貯金箱に二千円札が五枚ほどあったはずなのですが……一枚しかないのです」

 ちっ、と穂波が舌打ちした後、拓也の視線に気づきあわてて表情を戻す。

「……すみません。最近夢以外では気配を感じないと思って油断していたのです」

「――えっと、どゆこと?」

「『彼女』は、私に憑くことで『向こう側』と『こちら側』を行き来することが可能になったわけですが……最近、どうもパワーアップしたようなのです」

「……あいつがパワーアップすると、どうなるんだ?また実体化できるのか?」

「それは判りませんが――どうやらわたしの所有物に触れることはできるらしく」

「……で?」

「貯金箱のお金がしばしば減っていくのです。多分どうにかして買い食いしてるのです。いやがらせなのです」

「……なら、お参りに行ったらなんか引き換えにご利益をくれるかな」

「あの守銭奴がそんな殊勝な真似をするわけがないのです。知ってますか?祠の近くにアイスの自販機が出来たのを」

「あんな所に?」

「ええ。太陽光発電機付のふゅーちゃりてぃすてぃっくな代物です。どうやったか知りませんが、絶対あのちび神さまの仕業なのです」

「……いずれにせよ行ってみようぜ。姿が見れたら嬉しいし」

「まあ――そうですね。拓也くんが来れば、喜んで姿を表すかもしれないですし。捕まえてとっちめてやるのです」

「……まあ、それはそれで」


(ナレーション:わかば)

 ――さて、祠の向こうのどこか、神様の棲まうところ。

 見た目は普通な和室の中で、一人のちっちゃい神様が拗ねておりました。

 それはもう、じたばたごろごろと。


(独白:神様)

「ぶつぶつ……たくやの変態ほなにーの馬鹿!あの二人はもっとわらわを敬い崇め奉るべきです!……う゛ぅううう」

 布団の上でごろごろごろごろ、合間に足をばたばた。

「大体お札でおなかはふくれないし!にせんえんさつはこの自販機では使えないのです!」

 これはただの八つ当たり。

 祠を訪れたじゃーなりすととか名乗る小娘には、祠のそばに最新式のアイス自販機をぷれぜんとしてもらったし。

 先日空から落ちてきためがね娘には、中々忠実な召使として働く奇妙なちゅーりっぷなどをもらったりして。

 最近、神様の身辺は結構充実しつつある。

 でも、結局穂波がいないと拓也の前には現れる事が出来ないし。

 でもあのえろえろすとろべりーな所はこっちが恥ずかしいので見たくないし。

 だから鈴だけ鳴らして帰ってきてしまったけど――でも拓也に会いたくないことはなかったり。

「うう……わらわはおなかがすいたのです!拓也は速やかに供物を奉納しなさい!いちごぱふぇを所望します!」

 一人で聞こえるわけもないシュプレヒコールをあげる。

「――でも、最近のわらわは一味違うのです」

 ぴた、と冷静に返ると今度はふふふふ、と含み笑い。

「ぱわーあっぷした今のわらわなら、穂波がいる場所なら実体化して拓也をどつくことも可能なはず」

 だから、とちっちゃい神様は、枕を抱きかかえてごろごろしつつ思う。

「……二人で、会いに来てくれないかな」

 それなら少しは神様らしく、優しくありがたい言葉をかけてやっても良いのに。


(ナレーション)

 ――そんなこんなでふくれていた神様ですが。

 やがて、祠の外から足音と話し声が聞こえるのに気づきました。

 それを聴いた神様の顔は、だんだんと、だんだんと。

 晴れ晴れとした笑みに、変わってゆきました。

 すた、と立ち上がると、神様はにこにこしながら走ってゆきます。

 祠の外に。

 ――愛すべき人々の下に。


「――これ、汝らっ!わらわにとっとと奉納しなさーいっ!」


 ――今日のところは、これでおしまい。

 でも、たぶんこのお話は、ずっとずっと、続いてゆきます――


                  「しあわせなじかん。」 end.




おまけ。


※※注意※※

ここから先の文章は著しくキャラクターのイメージを損なう可能性があります。

ご了解の上お読み下さい。


「……で、なんでゆのはは今頃になってパワーアップしたんだ?」

「先日助けてやっためがね娘が、友人から貰ったけど使わないから、といってこんな物をお供えしてくれたのです」

 何々、と拓也がそのDVDらしきものを見てみると。


「びりーずぶーときゃんぷ:たまでるりんがさばいばる篇」


 ……と書かれてあった。

 つか、DVD見れるのか神様。

「毎日見ながらやってたらほらもうこんなに逞しく!わらわはもう貧弱な小娘ではないのです!土地神としての位もびゅーんとらんくあっぷで祠のそばなら外見だって自由自在!」

 言葉とともに、神様は嬉々として二人の目の前でまっしぶに変化。

「えー、えーと……」

 呆然とする拓也の横で、穂波がぼそりと呟いた。

「…………酷いオチなのです」



……ちゃんちゃんっ。